アップル*コピー機=INNOVATION寿司屋

 

アップル的な寿司屋の話である。
寿司屋の売り上げは「酒」と「寿司」に分かれる。そして良い寿司ほど店主こだわりの良いお酒が置いてあるのが一般的な寿司屋だ。お店によってはフランス料理のように「ネタ」が変われば「酒」も「ネタ」に合う「酒」を勧める店もあるのだ。
ところがINNOVATION寿司屋はこの「酒」の部分を放棄してしまったのだ。無駄な物を省くがごとく、「ビール」以外の「酒」は一切置いていないのだ。ではどうするのか?無料で「持ち込みOK」なのだ。。好きなお酒を酒屋で買ってきて、「これを飲むよ」といえば「酒」ならお銚子を、「焼酎」ならお湯割り、氷水を、「ワイン」ならばワイングラスを出してくれるのだ。
そして持参した「酒」が残ればそれをキープして置いてくれる。寿司屋を愛する酒飲みにとっては、夢のようなシステムなのだ。
これは一体どういうことだろう?店主曰く「自分は酒が飲めない。飲めない自分が酒を選べる訳がない。」とおっしゃる。さらに、「自分は寿司が好きで自信があるからそれだけをを提供したい。」ともおっしゃる。なるほどなるほど、しかし自分のお酒が置いてあるというと、酒飲みは必ず通って飲み干してしまう習性がある。つまりリピーター化・常連化するのだ。更に、持ち込みだから「酒代」がかからないと知ると、寿司好きは良いネタをたくさん食べてやろうかと思うのだ。つまりは多くの寿司を頼む事になるのである。これで店主は好きな寿司を沢山握ることができて満足し客もまた満足するという構図が出来上がる。
これは何かに似ているぞ!そうだ、コピー機とインクの関係に似ているのではないか!機械は安く手に入るが「インク」はすぐ無くなるので絶えず買わないといけない。せっかく買ったのだからキンコーズに行くにはもったいない。せっかく持参した酒があるのだから自分で選んだその酒を飲まないと勿体無い。美味しい寿司も沢山あるのだから食べばくては!このような変形トレードオフの類似性があるのだ。実に巧みで斬新なアップル的なINNOVATIONではないだろうか!
更にこの店のINNOVATIONは続く。店主の得意分野は「青物」(鯖、鰯、鰺、鮗)だ。店主曰く「私は青物が大好きで青物の目利きです。マグロには全く興味がありません」と。「一般大衆魚の青物は工夫次第で様々な旨味に変化することができるので、自分の腕が試せる。しかしマグロはその余地があまりない」ともおっしゃる。なるほど なるほど。確かにその青物たちは実に美味いのだ。これは関サバですか?と聞けば、横浜中央市場で仕入れてくる日本海側の鯖だと言う。ブランドものでなくても「目利き」があれば「美味い寿司」になり得るのだという説明を聞きながら、持参した好みの酒をちびりと飲み干す。これはニッチなカテゴリーで大衆化した物を、主役に抜擢して差別化を行なう行為に他ならない。お線香をインセンスとして復活させた松栄堂さんのINNOVATIONと同じではないか!
さらにさらにINNOVATIONは続くのだ。寿司を頼むと「桐箱」が出てきて、その中にネタが整然と並んでいる。白身箱、青物箱、貝蛸海老箱と3種類の箱が、さながらステージに上がる役者のように木目のカウンターに登場するのだ。ネタが乾いてしまうと味が損なってしまうので「桐箱」が欠かせないそうだ。そんな職人風景を見てしまうと「寿司」への期待が尚更膨らんでしまい、それはまた期待を裏切らない。これをブランディングの見地から分析するとアップルの戦略と一致するではないか。必ずないといけないと思われている機能をなくしてしまう。沢山の酒(機能)を置くと無駄になるので必要な機能だけを選んで置く。つまりは客が必要な機能(酒)を自分で足せばいいのだ。そしてスタイルにこだわる。シンプルでスタイリッシュなアップルのイメージが「桐箱」の中の新鮮なネタと同じなのだ。
この店にSNSはいらない。「口コミ」という最も信頼出来るアナログ情報が自然と人々を集める力があるのだから。
中国の諺に「美味しい店は辺鄙な場所でも自然と人が集まる」そして英国の諺に「よいバーは看板はいらない」こんな諺がある。今はSNSが大流行りでSNSは伝える力は持つ。しかしその店や場所に「魅力」があるかどうかは「本質的な味」や「心地よさ」がそこに存在するかどうかなのだ。